--年--月--日(--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:--  |  スポンサー広告  |  EDIT  |  Top↑

2011年03月13日(日)

地震その時 

11日の地震が起きた時 私はある資格の取得日で 初めて訪れた千代田区のオフィスビルの中にいました。

1フロアに1つのテナントという小さ目の雑居ビルで ぐらぐら来たときに室内に25名ほどいた全員が全く普通に椅子に座っていたのだけれど ぐらぐらがおさまらず さらに揺れが激しくなっていき がしゃんがしゃんと音が鳴り始めたときに ようやく室内に(これはかなりまずい)という緊迫した空気が流れ 怖ず怖ずとテーブルの下に入り始めていき あちこちから悲鳴も聞こえていました。


私は 家に独りで留守番させているぷぅのことがただ心配で ただちに帰ることを決めました。   


私が守らなければいけない大切な存在の前には 資格の紙切れ1枚なんてなんの価値も無いので 長い揺れがいったんおさまった時 帰る旨を主催側に告げて 周りの方に挨拶をして ひとり非常階段を駆け下りて 走っていたタクシーに文字通り飛び乗りました。

   

タクシーに乗ってすぐ 都内のすべての電車が止まったことと 高速道路も即閉鎖されたという情報が ラジオから流れてきました。車内から見えたのは普段と違った異様な風景で 通り過ぎた皇居の周りにも 広場にも オフィスビルからも そのままの格好や 中には白いヘルメットを被った会社員の人々がビルの外に出ていて あの時間帯 普段だと静かなオフィス街は お昼のランチ時でも見かけないような人の数でした。 帝国劇場からも外に出されたのか 所在無く立っている方が大勢いました。



金曜日だから道路が混んでいる上に 交通機関も止まって高速も使えないからか さらに車の動きが悪くなり始めていました。それでも40分ほどで帰宅できて 家の中にいたぷぅを大して待たせないで抱きしめられて 心配で心配で仕方なかったので涙が止まらなかったです。 


私を降ろしたタクシーは『回送』表示になり「私も今日はもう家に戻ります」と運転手さんが言ったので あのあと都内ではタクシーも2~3時間待ちとなったそうだけど 帰宅された運転手さんも多かったのではないかと思いました。



一番困ったのは携帯電話でした。 ずっと『圏外』の表示で掛けることも受けることもメールももちろん何も出来ず 固定電話も何度掛けても繋がらず パパさんの会社からくれた電話が受けられただけでもマシでしたが パパも「何回掛けても繋がらなかった」と言っていたので会社からの電話が優先されるということでもないのでしょうが・・。 夜の11時近くに やっと携帯から圏外表示が消えたら どさっとメールが一気に届いてて 心配してくれているのが多くて慌てました。



私も含めて 飼い主は四六時中愛犬と一緒にいられるわけでもなく 離れているときに災害に遭うことほど不安なことはありません。今も余震があるたびに しっぽを丸めてしがみついてくるぷぅを見ると 以前は地震でも雷でも何の反応もなかったので 今回は相当怖かったんだと感じます。 


携帯が繋がらないということも考えさせられました。



  
被災された方々へ 心からのお見舞いを申し上げます。


 


   
関連記事
スポンサーサイト

テーマ : 東北地方太平洋沖地震~The 2011 off the Pacific coa~ - ジャンル : その他

11:00  |  未分類  |  EDIT  |  Top↑
 | HOME | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。